カスタマーハラスメント対策が義務化へ

~すべての働く人の安心のために、企業が果たすべき責任とは~

2025年11月、厚生労働省は「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」への対策をすべての企業・自治体に義務付ける方針を発表しました。これは、同年6月に成立した改正労働施策総合推進法に基づくもので、2026年10月1日から施行される予定です。

カスハラとは、顧客や取引先などが従業員に対して暴言・暴行・不当な要求などを行う行為を指します。近年、こうした被害が深刻化しており、現場で働く人々の心身に大きな負担を与えています。

厚労省が示した具体例には、以下のような行為が含まれます:

  • 土下座の強要や暴力的な言動
  • SNSでの悪評投稿をちらつかせた脅迫
  • 無断での撮影や長時間の拘束
  • 商品やサービスと無関係な性的要求
  • 契約金額の著しい減額要求 など

これらは対面だけでなく、電話応対やSNS上のやり取りも対象となります。さらに、就職活動中の学生に対するセクシュアルハラスメントについても、企業に防止策の義務が課される見通しです。

カスハラが企業にもたらすリスク

カスハラは、単なる現場のトラブルでは済まされません。企業全体に深刻な影響を及ぼすリスクをはらんでいます。

  • 従業員の離職・メンタル不調
    ハラスメントを受けた従業員が心身に不調をきたし、休職や退職に至るケースが増加しています。人材流出は生産性低下や採用コストの増大を招きます。
  • 職場の士気・チームワークの低下
    カスハラを放置することで「会社は守ってくれない」という不信感が広がり、職場全体のモチベーションや連携力が損なわれます。
  • 企業イメージの毀損
    SNSや口コミでの告発により、「従業員を守らない企業」としてブランド価値が低下するリスクがあります。特に若年層の就職先選びにおいては、企業の姿勢が重視されます。
  • 法的責任の発生
    改正法の施行により、カスハラ対策を怠った場合には、労働局からの是正指導や損害賠償請求などの法的リスクも生じます。
  • 顧客対応の質の低下
    現場の疲弊が進むと、対応品質のばらつきやミスが増え、結果的に本来守るべき顧客満足度も損なわれるという悪循環に陥ります。

企業は「顧客第一主義」の再定義を迫られている

これまで多くの企業が掲げてきた「顧客第一主義」は、時に従業員の犠牲の上に成り立ってきた側面があります。しかし、今回の法改正は、「顧客満足」と「従業員の尊厳」は両立できるという新たな価値観への転換を促すものです。

企業は今後、単に「カスハラを許さない」と掲げるだけでなく、以下のような姿勢が求められます:

  • 従業員の声を聴き、守る文化の醸成
    苦情対応の現場に立つ人々が孤立せず、安心して声を上げられる環境づくりが不可欠です。
  • 「毅然とした対応」を支える制度と教育
    現場任せにせず、組織として対応方針を明確にし、対応力を育てる研修やマニュアル整備が必要です。
  • 「お客様との対話」の質を高める努力
    ハラスメントと正当なクレームを見極め、誠実な対応を通じて信頼を築く力が、これからの企業価値を左右します。

働くすべての人が、安心して力を発揮できる職場環境をつくることは、企業にとって最も大切な土台のひとつです。お客様との信頼関係を大切にしながらも、従業員の尊厳と安全を守る姿勢が、これからの企業の信頼性を支えていきます。

カスハラ対策は「義務」ではありますが、それ以上に、企業が社会の一員として果たすべき責任であり、未来への投資でもあります。
「うちでは起きるはずがない」と思っていると、思わぬところで足元をすくわれることもあります。
万が一の事態に備えて、社内体制の整備とあわせて、労災保険や損害保険などの制度的な備えも見直しておくことが、従業員と企業の双方を守る大切な一歩となります。